フランス戦終了後から独ソ戦開戦までに第11から第20の10個装甲師団が新たに編成された。それ以降の1941年中に第21から第24、1942年中に第25から第27装甲師団が編成された。
装甲師団は基本的に1個戦車連隊及び1個狙撃兵旅団(2個狙撃兵連隊・1個オートバイ狙撃兵大隊)を基幹として構成されるようになった。しかし戦車大隊数等各師団の編成には、まだばらつきが多かった。
III号戦車・IV号戦車の配備がさらに進んだにもかかわらず、ヒトラーの指示で装甲師団が倍増されたため、相変わらず豆戦車・軽戦車で水増しされていた。ただ、数の上ではIII号戦車が主力といえる状態にはなっていた。
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ソ連戦車師団は再建途上で、T-28中戦車・BT快速戦車など旧式戦車が多く大局的には勝利したが、T-34中戦車・KV系重戦車の前には、IV号戦車でも無力であることが露呈した。
ドイツアフリカ軍団として通常の装甲師団と比較して規模の小さい第5軽師団(後に第21装甲師団へ改編)が投入され、後に第15装甲師団も投入された。
第15・第21の両装甲師団は、1個装甲連隊(2個戦車大隊)・1個狙撃兵連隊(3個大隊)の縮小編制を取っていた。
ドイツの主戦場はあくまでソ連であり、ソ連では戦力として通用しない旧式戦車が回されてきたため、I号戦車に火炎放射器を載せるなど、現地改造が頻繁に行われた。
チュニジアに追い詰められた後、アフリカ装甲軍に改組された。この時期に第10装甲師団が新たに送り込まれている。VI号戦車も実戦投入された。
アフリカに送り込まれた3個装甲師団は結局チュニジアで壊滅した。